- 主体的な人
- 反応的な人
どちから一方になれるとしたら、全員が主体的な人になりたいと言いますよね。
当然、僕もその1人。
けど実際には、つい反応的な人になってしまうから、他人に降り回られる人生になってしまうんですよね。
どれだけ「あの行動は主体的でなかったな」と反省したことか・・・
ただ、僕自身、いまでは、かなり主体的な人になれてきたと自覚しています。
何をやるにしても、選択権は自分にあることを忘れないようにしたら、主体的な人へと変化してきました。
では、具体的な方法をお伝えしますね!
主体的な人と反応的な人とは?
そもそも、主体的な人と反応的な人とは、どんな人だか答えられますか?
名著「7つの習慣」では、このように解説されています。
反応的な人は、周りの物理的な環境に影響を受ける。天気が良ければ、気分も良くなる。ところが天気が悪いと気持ちがふさぎ、行動も鈍くなる。
主体的(proactive)な人は自分の天気を持っている。雨が降ろうが陽が照ろうが関係ない。自分の価値観に基づいて行動している。質の高い仕事をするという価値観を持っていれば、天気がどうであろうと仕事に集中できるのだ。
だいたい言葉のイメージ通りですよね。
天気というのは、他人だったり環境だったり、自分以外の何かの比喩。
それに影響されるか否かが、主体的な人か反応的な人かの分かれ目となります。
主体的な人の生き方とは
では、主体的な人の生き方とはどんなものかが気になりますよね。
僕の持論では、刺激と反応の間に選択の自由がある生き方だと思っています。
刺激というのは、天気のこと。つまり、他人だったり環境のこと。
反応というのは、自分が取る行動のこと。
主体的な人は、この刺激と反応の間に、絶対に行動を選択をしているのです。
悪口を言われて、カッときて殴ってしまった。これが、選択をしていない人の例。
完全に、相手の言動に、自分が振り回られてますよね。
一方で、悪口を言われても「何故この人はこんなことを言うのだろう?」と考え、自分はどんな行動を取るのがいいのかを選択できるのが主体的な人です。
どう考えても、主体的な人の方が、かっこよくないですか?
主体的な人になるためには
じゃあ、どうしたら刺激と反応の間に選択できるようになるでしょうか。
ポイントはやっぱり、自問自答だと思います。
もともと反応的な人だった僕の例で紹介しますね。
ほんの少し前まで、両親のことを思うと体に緊張が走りました。両親と対面すると、全身がセンサーのように反応して、両親の言動に集中してしまっていました。いつどんなことが起こっても大丈夫なように身構えていたのです。
そして実際に、両親が僕に話しかけて来たら、ドキッとして答えていました。自分の両親なのにも関わらずおかしいやつだと思うでしょうが、本当にこんな感じだったのです。
両親の前では、わかりやすいくらい反応的な人でした。
しかし、日々のカウンセリングや内省を通じて、選択の自由を獲得していきました。
どうして全身がセンサーのようにならないといけないのかを、考えて原因を克服していったのです。両親のことを思う度に、「で、自分はどうしたいの?」と、繰り返し自問自答して根気よく向き合ってきました。
そしたら不思議なことが起こります。センサーがなくなったのです。両親に話しかけられても、ビクリともしなくなったのです。友達と一緒にいる時と同じようにリラックスした状態で過ごすことができるようになりました。いまでは、普通に会話しています。
両親に振り回されない、主体的な人へと変わることができたのです。
まとめ
主体的な人になると、他人に振り回されない人生になるイメージは湧きましたか?
天気がどうであれ、自分はどうしたいのかを自問自答すると、いつか必ず主体的な人になることができると思っています。僕が、実際にそうやってきましたから。
さいごに、ちょっとだけ「自分自身が、主体的な人になったところを」想像してみてください。
どんな自分でしたか?気分はどうですか?生き方は、どう変わっていましたか?
他人に振り回られない人生になりそうじゃないですか?