忙し過ぎるけど、やめられない減らせない病の症状について

片付かない机

僕はいま、かなり重度な病気にかかっている。

やめられない減らせない病だ。

やりたいこと、やるべきことが多すぎて、目が回っている。自分が何をやっているのか分からなくなってくる。

そんな病気。

その症状を自覚しているだけまだマシだが、いつかまたこの症状に悩まされてしまわないように、何が起こっているかを記録しておく。

毎日が楽しいのはいい

僕はいま、猛烈に楽しい人生を送っいてる。

ハマりにハマっている演劇の舞台にも行っているし、チャレンジを始めたばかりのPoints of You100人コーチングだって最高だ。

本業の仕事だって、苦手な業務をやっているけど、集中力が高い状態が続いている。

どこの誰がみたって、いまの僕は、充実した人生を送っていると思うだろう。自分自身でも、そう思う。

ミスが増え、体調が悪い

けど、どこかおかしいことがあるのにも気が付いている。

普段しないような激しいミスをしたり、体が明らかに重たいのだ。スケジュール管理を失敗して、周りに多大な迷惑をかけたときは本気でビビった。

「こんなの、自分じゃない」って。

結果的には何とかなったし、休めというお告げだったと信じているから、落ち込んでいるわけではない。

けど、普通の僕なら、絶対にしないミスだ。どこかおかしい。

落ち着けない

先ほど、他人から見たら充実した人生を送っていると言いました。

しかし、もう一つ、絶対にこう見えてるだろうなというのがある。

「落ち着いていない」

僕の正体を知っている人からは、よく言われる。

「大丈夫?休んでる?」と、やたらと声をかけてもらえる。

自覚症状はあるからまだマシ

たぶん、少し前の自分だったら、周りに何を言われても「全然大丈夫だよ!」とケロっとした顔で言い返していたと思う。

けど、いまの僕は、他人から言われることを素直に受け止めることができている。

自分でも、明らかに休んでいないと自覚している。これが成長の証。

なぜ減らせないのか

自分でも休んだほうがいいと思っているし、他人からも休めと言われる。つまり、絶対に休むのが正解。

けど、これだけ自覚しているのに、なぜ減らせないのか。

たぶん、いまが楽しいから。

この楽しさに盲目になっているのだと思う。感覚が麻痺してしまっているのだと思う。

がむしゃらに頑張っている自分に惚れているのかもしれない。

こんなに頑張っているのだから報われるはずだ。こんな自分がかっこいい。そんな気持ちも覗き見ることができる。

本当は甘んじているだけ

けど、本当は、いまが楽しいからでもなければ、自分に惚れているわけではないことも知っている。

いま、この現状に甘んじているだけなんだ。

これ以上の楽しさを得ることを恐れを感じている。そう、確信している。

理由はない。

けど、間違いない。

これ以上、自分が飛躍していくことに対して、ブレーキをかけているように感じるのだ。

こんなだから、目の前のことしか見ず、がむしゃらに生きているのだと思う。

自分の凄さを知っているから。本当の自分はこんなものじゃないと知っているから。本気を出したらどうなるか分からないくらい。

だけど、僕は次のステージへ行く。

腹は決めた。

ゆえに、休みます。

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