親から自立したい(1)〜反抗期のない良い子だった〜

家族で歩く

僕の専らのテーマは、「親からの自立」だ。

正直に告白すると、自分の好きなことをやりながら生きているようで、親に決められた人生を生きている。

趣味も職業も住む場所も、全部「親のため」だ。

自分の人生なのに、親のことばかり気にしている人生だと自覚している。

当然、不本意である。

そこで僕は、30歳手前にして、ようやく自立の道を歩み始めた。

その軌跡を、3回シリーズで残しておきたい。

この記事は、第1回目だ。

まずは、小さな子ども時代から、親からの自立を意識するまでの記憶を遡ってみる。

僕の両親は、最高の親だ

僕の両親は、少なく見積もったとしても最高の両親だ。

どこの誰よりも子ども想いで、子育てに情熱を捧げてくれた。たくさんの愛情を注いでくれた。おかげで、いまの僕がいる。

ただ一方で、いわゆる過保護でもある。

子どもが可愛くて仕方ないが故に、何もかもに親の手が入っている。

ランドセルの中は、親が用意してくれていた

例えば、小学校へ行く時に、ランドセルの中をチェックしてくれていた。僕が忘れ物をしないように、困らないように、ランドセルと時間割表を照らし合わせてチェックしてくれていた。

授業参観の日だって、参加率は100%だった。当時の僕は、親に背中を見られているのが恥ずかしくて仕方なかったけど、今だったら嬉しいなって思う。

高校になって、お弁当が必要になった時は、ほぼ必ず手作り弁当を作ってくれた。誰の弁当と比べても、見た目も味も、我が家のが一番だった。

大好きな野球は、親がキッカケだ

また、僕は野球が大好きだ。特に、キャッチャーというポジションが好きで、中学校と高校ではずっとキャッチャーをしていた。

思い返してみれば、こうして野球が好きなことも、親の影響だ。

生まれた瞬間から、父親の影響で野球がそばにある環境だった。とてもとても幼い時から、ボールを投げて遊んでいた記憶がある。小学校に上がる前に、ゴロの取り方を教えられていた記憶もある。

失敗したら怒られて、父が怖い顔になって、とても怖かったな。

あと、「お前ならできる」っていう言葉をかけてもらいたかったな。

反抗期というものが存在しない人生

高い高いをしてもらっている子供

掘れば掘るほどに、両親の意思で決められたことを実行してきた人生だったことが思い出される。

自分の意思で「これがやりたい」「あれが欲しい」「いやだ」「やりたくない」と言った記憶は、皆無に等しい。

御察しの通り、反抗期というものが存在しない。

親の言うことに従っていれば、失敗はしない。親の言うことに従っていれば、親の機嫌を損なわない。親の言うことに従っていれば、困った時に助けてくれる

このように思っていた。

なぜなら僕は、良い子なのだから。親の喜ぶ顔が見たかったし、怒らせたくなかった。

それゆえに、親に反抗することなんて無駄だと思っていたし、反抗しようと思ったことさえなかった。

しかし、これは完全に、親の人生を生きているに過ぎない。自らの意思で生きることを放棄している。

大人になった僕は、わかる。

不本意だ。

これに気が付き、自らの人生を生きることを決意したのが、30歳が目前になった最近のこと。

きっかけは何かと言われても、これと言ったものはない。

強いて言うなら、自分の人生を生きているたくさんの大人たちとの出会いだ。その人たちを見ていて、「自分もこんな人生を送りたい」と強く思った。

そしてようやく僕は、自分自身の人生を歩むと決意したのだ。

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